即興短編『眼鏡』

 

じぶんでも何が書きたいのかよく分からなくなっちゃったし今日も疲れていてだめや

 

 

 

 

 

 

 源一さんは来週が誕生日でしたよね。目が悪くてしょっちゅう目を細めている源一さんに是非贈りたい物があるのです。日曜日、ちょっと付き合ってくれないでしょうか。

 志織

 

 下宿に帰ってくると、こんなことが書かれた紙切れが机の上に置いてあることに気づく。これを置いていったに違いない志織さんは、この下宿の大家である未亡人、鈴木さんの一人娘である。私よりも少し若く、女学校の高等科に通っており、朝は同じ時間に家を出る。

 女学生の間で流行っているとかいう、和洋折衷のはいからな格好をした志織さんは大和撫子と形容するに相応しいいでたちをしている。たおやかな黒髪、髪の黒さとは対照的な白さを湛える肌。小柄な体には矢絣模様の和服につけた袴がよく似合う。美人ながらもかわいらしさを兼ね備えているから、私は志織さんが好きだ。

 そんな志織さんは貧乏学生である私に、非常によくしてくれる。そもそも、財産家である鈴木家が私のような貧乏学生に住居を提供しているのは道楽のようなもので、おそらく鈴木さんと志織さんはこのまま一生働かなくても食べていけるだろう。道楽として私に住居を提供しているためか、家賃も驚くほどの破格である。

 家賃が破格なだけじゃなくて、志織さんが私によく何か買ってくれてしまうから、下手したらお金を貰って鈴木家の一室に住まっているとも言えるのだ。私は日々、勝手に肩身の狭さを感じながらこの家にいる。

 

 

 

 「源一さん、目が悪いのにそのままにして、帝大の授業で困ったりしないのですか。黒板の文字が見えないとか」

 隣を歩く志織さんが私に尋ねる。私は志織さんを見下ろす形になりながら答える。

 「そう、文字は見えにくい。だから私は最前列に座るのですよ。前に座れば見えないこともない」

 「そうでしたか。でも、やっぱり生活でも不便でしょう。だから今日は源一さんに眼鏡を贈りたいなと思って」

 眼鏡。地元に残っている兄弟たちのためにも、最低限の仕送りしか貰っていない私には決して手が届かない代物である。そんな眼鏡を、志織さんが。確かに、目が悪いのは不便である。人の顔もぼやっとしか見えず、くっきりと鮮明に見ることができる顔と言えば鏡に映った自分の顔くらいだ。それも、鏡に顔を近づけるだけ近づけて。

 目が悪いのは地元にいたときからだが、地元でも眼鏡を買うという考えはなかった。目が悪くてもこうして生活できているのだから、そんなお金があるのなら何ヶ月か分の食費にでも当てた方がいい、という考えだったためだ。

 でも、こうやって志織さんが誕生日の贈り物として眼鏡を買ってくれるという。彼女は、私が遠慮しないで済むように配慮してのことか、こうやって誕生日等々、何か理由をつけて私に贈り物をしてくれる。しかし、実は、私は貰った後すぐに実家に送ってしまっているものもある。これも、実家のため。しかし眼鏡はそうはいかないだろう。常にかけているべきものだろうから。

 

 志織さんの案内で眼鏡屋に到着する。眼鏡屋の親父に言われるがまま、私が目の検査をこなしている間に志織さんは私に似合いそうな眼鏡を選んでくれていた。もっとも、どれも変わらないというのが本音だったけれど。

 私の検査が終わると志織さんは会計を済ませて、「お誕生日に私がお渡ししますから、楽しみにしていてくださいね」と言って微笑んだ。

 

 誕生日になると約束通り、志織さんは私に眼鏡を持ってきてくれた。私は彼女に促されるままに眼鏡をかけてみる。

 ぼんやりとしかみえていなかった視界が急に鮮明になる。部屋の隅から隅までもがくっきりと、床に落ちている埃までもが認識できる。これまでは不定形だった世界に揺るぎない形が与えられた感じだ。

 「見え方はどうですか?……お似合いですよ」

 そして私は志織さんを見下ろしてみる。顔を上に向けている志織さん。くっきりと見える輪郭に顔のパーツ。ああ、こんな顔だったっけ。ついそう思ってしまった。

 不鮮明に世界を見ていた私は、見えていない物を頭の中で最高のもので補完していたらしい。これまでは見えていなかった志織さんは美人ではなかったし、家事を手伝う手は荒れ放題であった。

 美人でないからといって志織さんから心が離れることはなく、女は愛嬌、と私は思った。