即興短編『金木犀』

 書きながら内容を考えていたからねじれているところがあるかもしれぬ。1時間で1500文字。悪くない。 

 

 気づくと辺りは花を付けた金木犀の木でいっぱいだった。私の家の玄関にも立派な金木犀が一本植わっていて、毎日その香を楽しみにしながら生活しているけれど、これほどの数になるともはや良い香りとはいえない。むせ返るような香。普通だったら鼻はすぐに慣れて、この香りは気にならなくなるのかもしれないけれど駄目だった。この鼻はもはや匂いを感じていないのに息苦しさを感じてしまう。もしかしたら、自然の中に現れるとどぎつく見える蜜柑色の花のおかげで視覚的にも参っているのかもしれない。

 金木犀は、こうして惜しみなく自らの香りを主張するのにも関わらず、その花は小さく、近づかないとその形も分からない。あの人は「金木犀の花を見習えよ、少年」と言った。純粋だった頃の私はそうするつもりで努力しながら謙虚に生きていたけれど、今となっては金木犀を名乗れない。香りのない金木犀の花になってしまった。ただ小さいだけだ。

 あの人はさらに重ねて、「金木犀のようになれ」と言った。あの人曰く、金木犀は雨が降ると簡単に花を落としてこれまで以上の香を放つらしい。「逆境にこそ、強くなれ」。体育会系の発言をする大人ばかりで気が滅入っていた私にとって、「金木犀のように生きろよ少年」という言葉は大切なものだったけれど、こうして今考えるとこれも体育会系だ。逆境にこそ強くなれ。スポ根漫画で間違いなく出てくる言葉だ。

 あの人に絶対にこう言おう。謙虚で、逆境に強いひとばっかりだったら、さぞかしこの社会は生きにくいでしょうよ。金木犀ばかりの道を歩いて思いましたよ。ああいう、金木犀みたいな人は、他の有象無象の中で一人目立っているから素敵なんです。みんなが金木犀だったらありがたみがないですし。

 そうだな、少年。彼女はそう言うに違いない。成長したな、少年。とも言うかもしれない。会うのは本当に久しぶりだから。私はもう少年と言われるような年齢じゃない。

 金木犀の道を抜けると大河が見えてくる。日本の川らしからぬ、途方もない幅のある川だけれど、その流れは滝のようであった。知識としてしか知らない、本州四国連絡橋はこんな感じなのかなと思って荘厳な橋を眺める。

 意を決して行くか、と思って橋に向かうと検問があった。高速道路の料金所のような感じで、高齢のおじいさんに引き留められる。

 「引き返すならまだ間に合うが」

 「そんな元気はありません」

 あの金木犀の中を再び歩いて行くなんて御免だった。私は前に前に進まなくてはならないのだ。それは、結局は、あの人に会うためだった。

 

 橋を渡りきるとあの人が待っていた。

 あの人は悲しそうに言う。

 「よく来たな、少年」

 14年前に会ったときとその人は全く変わっていなかった。はつこいの人は、14年経った今でもかわらぬ姿を保っていた。

 「もう少年ではないですよ。全く変わりませんね、先生は」

 「お前は、私が助けたお前の命は、どうしてそんな年齢で。先生はそんな気持ちでいっぱいですよ」

 私は正直に答える。

 「先生がトラックに轢かれそうになった私を助けて亡くなった後、私は先生の言うとおり、金木犀を目指して真っ当な大人に育ちました。ええ。私がどうしてここにやってきたかと言いますと、先生と一緒で、他人を助けるためでした。夏、うだるような暑さの中、川沿いを散歩していたら流されている子がいて、助けに入ったら私は死んでしまった」

 「そう……私と同じなのね。ばかな少年」

 私はしんみりした再会の場面にそぐわぬことを聞きたくてしかたなかった。「大人になったらまた来なさい」と言っていた先生に対して聞きたいことが。死後の世界も悪くないと思う。