グーグルマップ

 ユーチューバー・みやこんの動画を見ているとスマホが鳴る。

 『宇賀神くん、いよいよ明日だね。楽しみ。』

 山崎からのラインに返信する。『俺も楽しみ、学校じゃないんだし羽伸ばしていこうぜ。』

 送信し終わったと同時に母親が俺を呼ぶ声が聞こえる。

 「大助~?明日わたし仕事入っちゃった~」

 

 そんなわけで、俺はチャリで山の向こうにあるショッピングモールに向かうことになった。っていうのも、山崎と遊ぶことになったから。こんなド田舎でヴィレヴァンがあるのはあそこだけだし、俺は楽しみにしていたのだけど。

 予定では親に乗せていってもらう予定だったんだけど、急な仕事が入っちゃったらしい。そういうわけで、俺はチャリで向かうことになった。同じ学校に通う山崎ん家に乗せていって貰えば良いだろうって?そういうわけには行かない。今日は初デートなんだから。山崎の親はそういうのに厳しいらしくて、俺は自分の足を頼るしかなかった。

 自分の足で山を越えるわけじゃない。山をダイレクトに越えるのは自転車では無理だから、俺は山を迂回して向かうことに。このルートはグーグルマップが教えてくれた。俺は耳栓の役割も果たすイヤホンで音楽を聴きながら、時々入るグーグルマップの指示を聞けばショッピングモールに辿り着けると言うわけだ。

 山崎を待たせないように早めに到着したいと思った俺は早めに家を出て道を急いだ。

 普段は山を車で越えてしまうから、迂回するルートはほとんど通ったことがない。初めて見る景色に胸を躍らせて自転車を漕いだ。それもつかの間で、しばらくすると山の間を通るバイパス道に。グーグルの指示もなく、ただまっすぐ進む。景色も森、森、森。一向に変わらない。

 しばらくするとグーグルから指示が出る。次の交差点を、左方向です。ちょうど俺が好きなバンド、セレンディピティの曲の途中に指示が入る。なんだよ、さっきまでだんまりだったくせに、とグーグルに心の中で文句を言いつつ指示に従う。

 バイパスから離脱して住宅街へ。もしかしてアレか、迂回が終わってショッピングモールに舵を切り始めたってことなのかもな。山を切り開いたという感じの住宅街で、起伏が激しい。坂を下ったり登ったりしていると「マジか、これは登りたくねえ」という急勾配の長い坂が目の前に見えてくる。

 「右方向です」

 なんだ、ラッキー、登らなくていいんだ。素直に右に曲がるとまた山、山、山。迂回したと思っていた山も、まだ迂回しきっていないのか?知らね。イヤホンから流れるセレンディピティを口ずさみながら足を運ぶ。

 「右方向です」

 ほーん。曲がると石畳の洒落た道になる。下り坂っぽいな。ラッキー。

 イヤホンで流れている今をときめくアイドル、秋雨52の歌もちょうど『下り坂こそ意識して』。楽な場面はすぐに忘れちゃうけど、ちゃんと心に刻んでおこうね、という感じの曲だ。

 ま、楽なものは楽だからすぐ忘れる。これは仕方ない。

 ところで、今日のデートは何をしようか。学校だと周りの奴らにからかわれるからあんまり大胆なことは出来なかったんだよな。手を繋ぐことすら駄目だった。二人だけで会っていた時は手を繋いでみたりハグしてみたりしたけど、今日はキスとかしたいかも。焦るなよ、宇賀神大助。

 「このまま道なりです」

 グーグルの声で妄想の世界から現実に引き戻される。……この辺、道じゃなくね?舗装されてないし。でも今確かに「道なり」って言ったよな?ま、グーグルマップの言うことだし大丈夫でしょ。

 とはいえ、右はなんか森、左は竹林。昼間だっていうのに薄暗い。ちょっと怖いかもな。なんか登り坂になってきたし。チャリ押すか。

 しばらくすると右前方にフェンスが見えてくる。看板もあるっぽいな。何だ……?見えくらいの距離になると「小野工務店」という文字が見えてくる。ああ、こういうの、俺の街にもあった。「中村重機」とかいって。山になんか重機とか置いてんの。なんで山に置くのかは知らんけど。

 フェンスの脇を通り過ぎるとラジオの音が聞こえてくる。こういう工務店のおっさんたちって作業しながらラジオ聴くよな。「中村重機」の脇通ったときもよく聞こえてた。

 フェンスは延々と続く。そしてラジオの音も。

 ……ラジオ?

 耳栓としてイヤホンをしているのに聞こえるっておかしくないか?

 「……ジン大助君の捜査は300人規模で行われていますが、有力な手がかりはまだ見つかっていません」

 俺は立ち止まってもう一度ラジオに耳を澄ませる。

 「警察は引き続き宇賀神大助君の目撃情報を求めています」

 俺?宇賀神大助って俺くらいしかいないんじゃないか?俺が行方不明だということか?自分が何を見て聞いているのかわからずに混乱した俺はこれまで来た道を引き返すことにした。というか、本能的にそうしていた。

 「Uターンしてください」「Uターンしてください」「Uターンしてください」

 イヤホンから溢れてくる機械的な音声が嫌でイヤホンを外す。

 何も考えずにグーグルの指示に従ってきただけの俺は、自分の帰り道を見つけることができない。