クソどうでもいいこと 第四次Twitter控える宣言

 文通相手の浪人生は、実家にスマホを送ってスマホ断ちの生活をしている。本について話したり、ウンチクを披露し合っていた仲でもちろんお互いにツイッターをやっていた。一年生の時に同じクラスで知り合ったのだが、やっぱり仲良くなる過程でツイッターが果たした役割は大きいだろう。

 東の京都大学に行きたかった彼は落ちて私は京大に受かった。哲学書を読んで要約するという試みをしていた彼の方が間違いなくモノを知っているし、新聞を読む習慣もあるからあっちの方が世間にも明るい。なんとなく、私だけが受かったのは釈然としないけれど、大学入試なんざ、ある一定の学力水準がある人にとっては99%の運と1%の実力の世界だ。たまたま奴は運が悪く私は悪かった。

 入試の話はどうでもいい。

 

 彼からの手紙の中で「浪人している今も本買ってる。読めてないけど。新聞も買うようにしている。睡眠時間が五時間で破綻しそうである」という感じのメッセージを読んだ。「スマホがないのに生活が破綻しそうなんてな。」

 まず私は自分の生活と彼の生活を比べてしまって懺悔した。現在の私の生活イコールツイッターあんど睡眠あんど食事。どうでもいいことをつぶやいているだけの日々。別に誰もお前の夕飯のメニューなんて気にしていないし、愚痴も聞きたかない。インターネット上にどうでもいい情報を流すだけの「無為」という言葉が似合う時間の使い方をしている。

 せっかく大学にいるんだから勉強するべきだし、文芸書以外の本つまり政治哲学とか理論の本を読むべき。サークルが忙しいわけでもないのだから学問をしろ。

 あと「スマホがないのに生活が破綻しそうなんてな」という一言。

kircher.hatenablog.com

 これは奴の最後の消息なのだが、まあ私と同じようにツイッターで無為を過ごすのが得意だ、というようなことが書いてある。そんな奴が「スマホなくても生活破綻しそう」なんて言ってる。私は浪人したことがないから分からんけど、破綻するほど忙しいものなのか。

 頭が弱くなってきたので説明のプロセスを省くと、私もスマホなしで生活を破綻させたい!という気持ちなんです今。自分で能動的に動いて使う24時間。なんて有意義。受動的な消費の24時間とは全く違う充実感を得られるに違いない。

 法学部をやめて外語大に行きたかったと思っている私はとりあえず語学をやろう。ほんの最近真面目にフランス語に取り組み始めたけれど、私はできが悪い。できるようになるまではがんばろう。英語もサボりにサボっているから洋書を読もう。実は半分くらいしか読まないで放置してあるのが三冊。読みます。

 専門科目とILASセミナーは苦痛でしかないけどやるしかない。ILASでプレゼンテーションをやらないといけないんですが、これが本当に苦痛。しかも自分がよく知らないことに関して書かねばならない。資料にあたるのも面倒だし、人前で話すのは絶望的に下手くそだし、取らなければよかった。今更切れないから仕方ない。やってやりますよ。